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カイロプラクターへの道 その10

ズルい私

 

しかし、毎日下働きだけを続けていたら、自分の店を開く時期が遅くなってしまうと思い、ズルいことを思い付きました。

 

大将が、毎朝市場から仕入れて来た魚や野菜、その他調味料や備品を、私が車から店へと運ぶ作業を担当していました。

それを良いことに、たくさんある安い魚を数匹、冷蔵庫の下に一時保管(隠して)しておくのです。

 

そして、忙しいお昼の営業が終わり、大将や先輩たちが休憩しに店内から出ていくやいなや、冷蔵庫の下からデッキブラシの枝で魚をかき出すのです。

そう聞くと汚いと感じるかもしれませんが、毎日私がそこも綺麗に掃除してありました。(下心があったので念入りに)

 

その数匹しかない練習材料を、見よう見まねで真剣に捌いていたのです。

 

大将に咎められることはなかったのですが、後に、実はしっかりバレていたのが分かりました。

 

ほんの少しの魚だったので、大目に見ていてくれたそうです。

 

そして、その成果は後に、中野新橋の菊寿司にトレードになった時に発揮されました。

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カイロプラクターへの道 その9

修行入り

"一人前の寿司職人になれるように鍛えて欲しい" と頼むまでは、毎朝、大将が魚を仕入れる、川崎北部市場に同行させてもらっていました。

ところが、弟子入りを許された翌朝、

"今日からは出前下げ(出前した器の回収)をやれ"

と命令されたのです。

 

土地勘が何もないところで、伝票を見て、寿司桶やうなきの器を下げに行く係になったのです。

その周りは地名が入り組んでいて、今のように地図のアプリもなかったので、大変でした。

雨の日も風の日も、もちろん炎天下でも、カブに乗って、出前、出前下げ、皿洗いと、前日までとまるっきり違う生活が始まったのです。

 

今までの人生になかった早起き、極端な睡眠不足、毎日繰り返される単調な仕事。

 

正直なところ、大将に対して"なんで⁉️"という思いもありました。

 

けれどもこの経験が、どれほど必要で貴重だったかということに、後々自分が出店してから気付くのでした。

 

まず、配達に行ってくれるアルバイトの子や、その他お手伝いをしてくれる人達の辛さが分かります。

そして、彼らを思いやる気持ちが持てるようになったのです。

 

暑い日は冷たい飲み物を、寒い日は温かい飲み物を、雨の日は大量のタオルをと、気遣うようになりました。

 

また、年末年始の忙しい時期に、49日間も休みなく働かなければならない時もありました。

しかし、休みが取れると大将に旅行に連れて行ってもらったのです。

 

そんな楽しかった思い出も、その後自分もスタッフと一緒に中国に行ったり、海に行ったりしたことにつながっています。

 

今でも、この大将の厳しくも愛情ある指導に、感謝しています。

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意識の高い女性は輝いている

先日、カイロプラクティックで通われている69歳の女性に、背中のほぐしをしていると、突然、”加圧トレーニングを教えてくれるかしら?”と質問されました。

 

その方は、ここに初めて来られた時には、歩く時にも身体が傾くほど、歪みがありました。

けれども、カイロプラクティックを毎週施術して、随分と身体の動きが良くなってきました。

ご本人も、調子が良くなったと実感されているのでしょう。

 

加圧トレーニングでさらに筋力をつけて、下腹部を引き締めたいということでした。

 

しかも毎週必ず、カイロプラクティックとのセットでやりたいとのことです。

 

美意識の高く、それに向かって頑張れる方は、幾つになっても若々しく素敵です。

 

これからも楽しくトレーニングをして、さらに若返っていただきたいです。

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患者さんからの声 パールM+

Perl M+を受けた患者さんからいただいた感想

左の肩が痛くて何回かカイロを受けていましたが、今日はPERL M+という

機械を使用した施術を受けました。機械につないだダイオード?を

調子の悪いところに押し当てて使いました。整形外科等でリハビリに、使っているものに似ていますが、整形外科のモノでその場で効果を

感じたことはありませんでした。しかしこちらは施術後に痛みが消えていました。

全くもって不思議ですがこの機械とカイロの組み合わせで治癒までの

時間が縮まりそうです。引き続きよろしくお願いします。

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カイロプラクターの道 その8

辻堂にどんな店を開くのか・・・・。

 

料理は好きでしたが、本格的な料理の学校に通ったことはありません。

 

色々と考えた末、酒と美味しいつまみをだすお店にしようと思いました。

 

開く予定の場所は、辻堂の海から2キロ位の所にありました。

 

せめて魚くらい、上手に捌けないとカッコ悪いと考えたのです。

 

丁度、友人のお兄さんが国立で寿司屋を営んでいました。

 

彼は大学の先輩でもあり、是非、魚のおろし方から、魚料理の基礎を教えて欲しいとお願いに行きました。

 

しかし、その先輩に、

"自分の所に来たら、遊んでちゃんと覚えないで、ズルズル年月だけが過ぎてしまうだろう、ここは知らない人の店で勉強した方が良い" 

と言われたのです。

 

残念でしたが、先輩に紹介された、あざみ野にある姉妹店で修行することになりました。

 

辻堂からあざみ野まで通勤は大変だったので、住み込みでお世話になりました。大将や他のスタッフにも、丁寧に教えていただいていました。

 

1か月が過ぎた頃、突然自分のやりたい方向が変わりました。

 

パブやスナックではなく、寿司屋になりたいと強く思うようになったのです。

 

翌日、大将にそのことを告げました。

大将は本気なのかと念を押すと、

”そうか!わかった!”

と、ニコニコして快諾してくれました。

 

やったぞ!このままここで楽しく修行できると喜んだのも束の間、この後とんでもない日々が待ち受けていたのです。

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70歳過ぎても加圧トレーニングは始められる

66歳で加圧トレーニングを始めて、70歳まで続けて、一旦お休みしていた女性が、今日、2年ぶりに来られました。

加圧トレーニングを再開されたのです。

 

2年間休んでいたとはいえ、トレーニング中の姿勢も表情も良く、若々しいです。

 

美意識の高い人は、幾つになっても美しいと私は思います。

全ての人が平等に歳をとっていくのに、努力する人としない人では大きな差がつきます。

トレーニングを始めるのに、年齢制限はありません。

むしろ、他人の手を借りずにイキイキと長生きするために、ご高齢の方にこそお勧めしたいです。

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カイロプラクターへの道 その7

さて、ここで大事故に遭うまでの私の人生を遡ってたいと思います。

カイロプラクターの道に進むまで、ちょっと不思議で破天荒な人生でした。

大学を卒業してから、ゲーム業界のセガ・エンタープライゼスの購買課でファミコンの部品調達をしていました。

ちょうどファミコンの初代SG1000の製造真っ只中だったので、毎日終電まで、社内で残業、休日は8時間休日出勤していました。

若かったせいもありますが、どんなに忙しくとも辛いと思わず、楽しかったと記憶しています。

そんな充実した生活を送っていたのですが、少しずつ胸の内に疑問が湧いてきたのです。

自分は、組織の一員として働く会社員にはむいてないのではないのではないかと。

上司と衝突することもあり、他の道を模索している内に閃いたのが、飲食業だったのです。

自分は、父を早くに亡くし、忙しい母に代わって、学生時代から料理を作って来ました。

お腹が空いたと訴える弟のために晩ご飯を作り、それを美味しいと喜んで食べる姿を見て、だんだんと料理の楽しさに目覚めて来たのです。

ちょうど辻堂あった子どもの頃住んでいた古い家が、建て替え時期を迎えていました。

その家は、海から2キロ位北にあり、駅からも6分、幹線道路に則している好立地のところでした。

そこを建て替えて、心機一転、飲食店を開いてはどうだろうかと思い付いたのです。

さて、いったいどんな店にしようかと、千思万考の日々が始まりました。

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カイロプラクターへの道 その6

今後の治療計画は、カイロプラクティックの先生と保険屋さんと3人で話し合いました。

 

早く完治して、示談になるのを望むのは私だけでないので、先生の言う通りに計画を立てました。

 

週5日、月曜日から金曜日まで、仕事に行く前に朝9時から30分受けることになりました。

先生の予想は1か月前後で良くなると思うとのことでした。

 

7月に事故に遭い、すでに4か月が経ち11月に入っていました。

 

気温も下がり涼しく快適な日が続き、身体の調子もどんどん回復してきたのでした。

 

背中に入っていた鉄板が段ボールに、12月に入り厚紙にと変わって行き、そして中旬にはほとんど気にならなくなっていきました。

 

先生の予想通り、約一ヶ月後、12月の20日前後に完治し、示談のサインをして事故の件は終了しました。

 

事故の怪我がカイロプラクティックで治った話はここまでですが、ここから、私の第二の人生が始まるのです。

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